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本屋へ寄ったらNHK教育『ジュークボックス英会話』の2月号が並んでいたので
買ってきました。
ちまたで『ジュークボックス英会話』が話題になっていることは知っていましたが
私はまだ1度も観たことはありません。
それなのに2月号を買ってきたのは
ボウイの「Heroes」が2月22日(木)・28日(水)にとりあげられるからです。

David Bowie - Heroes

 
2月4日追記: ↑が観れません
30日は観れましたがその後削除された模様。
なんか嫌な予感がしたので今日ポチッとやってみたら・・・・ブツブツブツ。

(製作者側に権利が存在するのは当然のことですし、削除申請者の権利はわかります。もっともです。文句言えません。しかし・・・このPVは長年に亘り様々な人々から愛されていて、リスナーも含めた音楽界や地球の宝だと思います。むー、なんとかならぬものか。)

同じPVが新たにUpされていましたので、こちら↓でどうぞ。

David Bowie - Heroes

(追記ここまで) 
ベルリン三部作(『LOW』『Heroes』『Loger』)時代の代表曲。
しみます。今聴いても傑作です。
当然、私のココロの100曲にランクインしています。
ベルリン三部作にはイーノ先生も参加されました。
ボウイはジギー時代も好きですが、ベルリン三部作時代も大好きです。

歌詞は、東西分裂時代のベルリンの壁が象徴する国家の権力や暴力と
それに相対する個人間の恋愛や感情・希望を描いた内容。
ベルリンの壁は消えて久しいですが
壁のあった頃はどれだけの悲劇が繰り返されたことか。
新聞にも「ベルリンの壁を越えようとして殺される」という記事が
ひんぱんに載っており、私は子どもながら心を痛めていました。



そしてボウイのHeroesが使われた映画といえば『クリスチーネ・F(邦題)』
David Bowie - Heroes (from"Wir Kinder von Bahnhoff Zoo")

映像はHeroesの流れるシーン。
実在の麻薬中毒者であり娼婦であった
クリスティアーネF(=クリスチアーネ、もしくは誤訳のクリスチーネ)当時13歳
の手記(実際はクリスティアーネからの聞き書きを2人の記者が執筆)を
映画化したものです。
映画の内容(ある程度のあらすじ)については
http://www.excite.co.jp/book/product/ASIN_B00009V9MZ/をご覧ください。

私は最初に手記の邦訳(『かなしみのクリスチアーネ』読売新聞社)を読み、
あまりにも辛く陰鬱で酷すぎる内容に大変なショックを受けました。
その後しばらくしてから映画を観たのですが
映像化されるといっそう陰鬱であったため
ボウイのライブシーンぐらいしか覚えていない始末。
楽しいことしか考えていなかった当時の私にはショックが多すぎました。
信じたくなかった。
もちろん映画は映像作品としても素晴らしかったです。

しかし今になって、もっとしっかり読んでおけばよかったと思います。
或いはもっとしっかり観ておけば良かったと。

あれからある程度生きていくうちに、
自分の周囲の同年代か年下の女性や男性たちに残酷すぎる現実が何度かあり
そのたびに私でできるフォローはしました。その人たちの話もずっと聞き続けました。
しかし彼らや彼女たちに関連する事件沙汰が立て続けに起き、
私は毎日フォローをこなすだけで精一杯になっていきました。
私の愛情を試すような事件もしょっちゅうありました。
そしてそうこうするうちにフォローの時間すら追いつかなくなり
その人たちは飢えた愛情や何かを満たすかのように
ますますバランスを崩していきました。
私が母親や父親になれれば良かったのかもしれませんが
私程度の母性的・父性的愛情ではダメなことは火を見るより明らかでした。
彼や彼女たちが苦しんでいる。「救って」と言っている。
でも私ではそれ以上どうしようもありませんでした。

そんなことを思い出したのは、maruさんの
『11.かなしみのクリスチアーネ(WIR KINDER VOM BAHNHOF ZOO)
 クリスチアーネ・F著/小林さとる訳(読売新聞社)』

http://www12.plala.or.jp/yappimaru/movie/christianef_book.htm
を読んだからです。アリス・ミラーが著書『魂の殺人』で精神分析家の観点から
 ・クリスチアーネと幼少期に常に暴力をふるった父親の関係・影響
 ・記者たちがクリスチアーネにもたらした好影響
について記述していることを教えてもらいました。

ひょっとしたらアリス・ミラーが指摘するように
 「子どもの寛大さにはまったく限りがなく、子どもは決して裏切りません。
  しかも、自分を情け容赦なくぶちのめす父が決して動物をいじめないからと言って
  そういう父親を誇りに思ったりすらするのです」
 「彼女(=クリスチアーネ)は父の『理不尽な暴力』を
  『理にかなった暴力』にするために、
  自ら殴られる理由を作るようになっていきます。
  理想の父の虚像を壊さないために、自らを変えてしまうのです」
という部分が先の彼女や彼たちを苦しめ続けていたのかもしれません。
誰かが先の彼女や彼たちのそういう部分に気づいていたら
何かそれを解決できる・緩和できる方法があったかもしれません。
しかしあの頃はジェット・コースターに乗っているような毎日で、どうしようもなかった。
今は彼女や彼たちが少しでも心穏やかに
いつか自分の人生を自分で取り戻すことが出来るよう、祈るだけです。

映画『クリスチーネ・F』の原題は
Wir Kinder von Bahnhoff Zoo (『われら動物園駅の子どもたち』)。
邦題のクリスチーネFは間違いで、
正しくはクリスチティアーネF、もしくはクリスチアーネF。
残念なことに日本語翻訳本『かなしみのクリスチアーネ』は今は絶版です。
ストーリーの残酷さや陰鬱さに苦しくなるかもしれませんが
非常に考えさせられる映画と本です。
どこかで見かけたら是非ご覧ください。
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2015/03/22 09:54* * [ EDIT]












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