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昨日、大阪の歴史にとても詳しい男性が
「むかし四ツ橋には橋が4つあったから、四ツ橋と言うんですよ」
と教えてくれました。

かつて西横堀川と長堀川という2つの川があり
2つの川が交差するところに4つの橋がかかっていたそう。
そこを「四つ橋」と呼ぶようになり、
2つの川が埋め立てられた現在でも地名として残ったと。

ちなみに、その男性がかなりの年輩男性へ説明したら
「ワシには4つも橋はいらん。3つで充分や」
「ところでワシは島之内の出身なんですけど、島之内根性って知ってはりますか?」
と尋ねられたそう。
「さぁ存じませんけど『3つで充分や』と言わはる。そういうことなんとちゃいますか?」
と答えると、黙ってしまった。

難儀なジサマの若かりし頃の島之内はようわかりませんが、
昔々は今の心斎橋やミナミのあたりが島之内と呼ばれていたそうです。

今は四ツ橋というと、アメリカ村やおされゾーンの堀江のイメージが強いですが
アメリカ村が賑やかになる前は、会社や倉庫が建ち
日本髪を結った芸者さんが歩いていたり置屋さんもある
しっとりした静かな街でした。


関連
・Webギャラリー 四ツ橋界隈(大阪市立図書館)
http://www.oml.city.osaka.jp/image/themes/theme429.html
摂津名所図会(=せっつめいしょずえ)に始まり
明治、昭和の四ツ橋の画像が掲載されています。
非常にのどかです。人が少ない。
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|04/17| 未分類コメント(0)TB(0)












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